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いずれの場合にも、私は、まずこう言いたいと思います。祈ることを始めてください!祈ることを始めるのです。そうすれば、きっと何かを経験さ れるでしょう。つまり、神に向かって、自分がどのように活きているかを語り始めるのです。いずれにせよ、こんな言葉から始めます。「神よ、あなたが生きて おられますならば・・・・・・」。

思い切って、具体的な生活状況のなかで身を屈めてご覧なさい。神が生きておられることを、思い切って信頼しなさい。「主よ、あなたはわたしを究め、わたしを知っておられる」(詩篇第139篇)。なぜかと言いますと、私の考えでは、祈ることとは、信頼しつつ身を屈めることだからです。そうすれば、それまで起こらなかったことが、あなたに向かって起こるでしょう。一種の確信が生じるのです。私は支えられている、という確信です。

 おそらくまた、このような勧告も有効でしょう。一度、毎晩、暫くの時間を割いて、感謝の日記を書いてみてください。その日の出来事で、あなたにとって感 謝に値することが起こっていたら、それが何であったかをを書いてみてください。大地を照らす太陽のような光を浴びることがあったら、それが、自分が聴き 取ったひとことであってもよいのです。

書いてみてください。あるいは、あなた自身が誰かに親切であることができたら、それを書いてください。おそらくま た、苦しみに満ちた事柄が、その日一日、そして自分の人生に重くのしかかってきたという経験まで書いてもよいでしょう。そうすれば、こう感じ取ることがあ るでしょう。そこにも、人生を深く肯定することが起こっている!と。

 そこで、最後のことで、最高のことは、神を礼拝し、賛美することです。困窮のなかにあって賛美することは解放をもたらします。しかし、このことは、私は きわめて用心深く言いたいと思います。-----なぜかと言うと、これはまさに、神からの贈り物にほかならないからです。

C.メラー:編、加藤常明:訳 : 魂の配慮の歴史12 「第2次世界大戦後の牧会者たち」 :日本基督教団出版局