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最近、私がすごく大事にしているのは「意味のある偶然」ということです。これはユングの言葉で、河合隼雄先生から教えられたキーワードなので すが、われわれの周りにはいろいろな偶然が満ちていて、それをふと考えるとものすごく深い意味を持っていて、ある意味で言うと必然的な物語性を持ってい る。シンクロニシティ(共時性)は、その中心にあるものだと思うのです。

 私自身が経験した象徴的な出来事をお話ししますと、次男の洋二郎が脳死を経て亡くなり、腎臓を提供して帰宅し、遺体を自宅の居間に安置し、長男がテレビ をつけると、生前、洋二郎が最も傾倒していたタルコフスキーの「サクリファイス」という映画の最終場面をたまたま放映していて、バッハの「マタイ受難曲」 のアリアが流れました。そのことは私にとってとても衝撃的でした。

息を引き取った息子を連れ帰った時に、その映画は終幕になり、そしてバッハの曲が流れ る。「あわれみ給え、我が神よ」という曲です。

 それが偶然だとと言ってしまえばそれまでですが、私にはどうしても偶然だとは思えない、何かそこには必然に近い意味が含まれていると思います。最近、こういう話を聴くことが少なくないのです。

 1996年、作曲家の武満徹さんががんで亡くなられましたが、病院で治療を受けていて、そのとき日記をかいておられた。

奥様もそのことを知らなかったの ですが、武満さんが亡くなられて半年ぐらいしてから、その日記は発見されたそうです。それを、武満徹著「サイレントガーデン---滞院報告・キャロティン の祭典」(新潮社)としてお出しになったばかりですが、それを読んで本当に劇的な場面に出逢いました。

 亡くなる二日前、たまたま奥様もお嬢さんもお見舞いに行かなかった日に、ラジオでバッハの「マタイ受難曲」を放送していたそうです。

武満さんは「マタイ 受難曲」にとても傾倒していたので、いつかゆっくりと聞きたいと思っていたそうです。普段ですと、奥様が来ていると、ラジオは聞かないそうですが、その時 は降りしきる雪を窓越しに眺めながら、じっくりと全曲を聴かれたそうです。

その後意識がだんだんと薄れていって、翌々日に亡くなったのですが、本当に最期 の場面にこの曲が放送され、その時間に誰も訪れることなく、一人で全曲を聴くことが出来たということは、ものすごい偶然だと思います。

おそらくそれは武満 さんの人生の最期のとても大事な時間だったと思います。

 奥様は「あとがき」の中で、「たまたま雪が降ったために、そして見舞い客も私もいなかったために、静かな病室で独り大好きだった「マタイ」を全曲聴けた こと、私は何か大きな恩寵のようなものを思わずにはおられません」と書いておられます。

こういう偶然には深い意味があるのだと思います。それによって人間 は何かに気づき、豊かになり、心がふくよかになり、高くなるのだろうと思うのです。

 それが忙しい社会生活をしていると、身の周りで起こっているはずの「意味のある偶然」にほとんど気がつかなくて、とても大事なことを見落としてしまい、 一方では科学と合理性にとらわれて、論理的な説明ができないととそれを否定して排除してしまう、というのが現代なのだろうと思います。

柳田邦男、 川越 厚 :対談 : 「生を通していのちを見る」 : 信徒の友 : 2000年6月 : 日本基督教団出版局