Home Page Image
   
 

 


両手の音

 若いときには、あきらめることが美しいとは、思いもしなかった。それは引きちぎられるようにつらく、傷口から噴出する血と涙を、どこへ流していいのか、見当もつかなかった。

 米国のピアニスト、レオン・フライシャーにとっても、その引き裂かれた思いは激越なものであったろう。ピアニストのシュナーベルや指揮者のセルから可愛がられた彼は、絶頂を極めようとした30代で、右手の小指に違和感を覚え、やがて右手全体がしびれて字も書けなくなってしまった。引退を余儀なくされ、1965年以降は、左手のピアニストとしてわずかな活動を続けるしかなかった。

 その間、たゆまず右手の治療は続けていたが、快方に向かうことはなく、活動の主眼を指揮と教育に移していた。ところが10年ほど前から、右手が再び動き始めてきた。そして、ついに、再び両手でピアノが弾けた。その時の気持ちをフライシャーはインタビューで、「メル・ギブソンに対する答え」と語っている。キリストの死をリアルに描いた映画「パッション」の監督のギブソンに対する答えということは、「神が見捨てなかった」という意味なのだろう。

 40年ぶりに両手で録音したCDが刊行された。タイトルは「トゥー・ハンズ(両手)」。

 バッハ、ショパンなどを経て、メーンプログラムとしてシューベルトのソナタ第21番変ロ長調(遺作)が収められている。

 ていねいに、いつまでも弾いていたいというように、思いが最弱音でなぞられる。何とか右手を動かそうと苦闘した40年。それは余りにも長く、ひとつの人生といってもよい年月だ。

 演奏から、あふれるような喜びは聞こえてこない。まるで、復活の望みが奇跡のようにかなった瞬間に、あきらめを悟ったかのようだ。静かな喜びと諦観(ていかん)が入り交じる。シューベルトの曲においては長調が悲しく、短調が安らかであるように、ここでは、喜びがむしろ悲しく、あきらめが安らかに感じられる。

 身体のことから社会的なさまざまなことまで、人には必死の努力をしてもできないことがある。両手が復活したときより、できなかったときに、いかに多くの音楽と生を学んだかを、この演奏は教えてくれる。

 音のひとつひとつが言葉となって深く沈む2楽章で、おそらく彼は涙を流している。その終わりに近く、音を静かに断ち切って、転調が訪れる。まるで神の声のように。それが、彼にとっての両手の復活であったのだろう。人には、できることとできないことがある、それでいいんだよと、その声は、いつくしむように語っている。

梅津時比古 : 著 : 「両手の音」 : 音のかなたへ : 2005年1月9日毎日新聞統合版