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 私は「弱いものいじめ」をする社会が嫌いだ。それは私が成長する中で家族から受け継いだ教えであり、小学校の恩師から受け継いだ教えであり、何よりも私の中から湧き上がってくる魂の声である。

 そして文化人類学者として、私はいま深いいきどおりを感じている。長い歴史の歩みの中で、個性に満ち、豊かな文化を育んできた人類社会は、どうしてここに来て「弱肉強食」という薄っぺらな哲学になびこうとしているのだろうか。どうして我が日本は、その浅薄なイデオロギーを「グローバル・スタンダード」などと言って持ち上げようとしているのだろうか。私は心の底からそのことを「恥ずかしい」と感じ、打ち震えている。

 歴史にはいくつかの節目がある。日本社会にとっても、いまが正念場だ。ここで進路を誤れば、私たちは大きなものを失い、後世まで取り返しのつかない禍根を残すことになるだろう。私は人と人がお互いに優しい思いやりを持ちながら生きていける日本を愛している。だからこそ、その愛する日本が「弱いものいじめ」を正当化するような社会には絶対になって欲しくはないのだ。

 人間であるかぎり、誰でも弱さを抱えている。誰だって病気になるし、老いる。だからこそ私たちは、助け合い、心を通わせ合う文化を築いてきたのではなかったか。表面上の強さに依存する文明は弱い。弱さや苦悩を受けとめ、そこから生きる意味を紡ぎ出す、しなやかな強さを持った社会こそが、私たちの未来をひらいていくのである。

 私たちの人生は、ひとりひとりの豊かな「生きる意味」にひらかれている。どこかに「正しい答え」があって、それに全員が合わせていかなければいけない時代は終わった。すぐに「正解」を求めるのではなく、時間をかけてじっくりと自分の「生きる意味」を探し、自ら創造する、成熟した社会をともに作り上げていきたい。

上田紀行 : 著 : 「生きる意味」 : 岩波新書