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それでドウゾ後世の人がわれわれについてこの人らは力もなかった、富もなかった、学問もなかった人であったけれども、己の一生涯をめいめい 持っておった主義のために送ってくれたといわれたいではありませんか。

これは誰にでも遺すことのできる生涯ではないかと思います。それでその遺物を潰すこ とができたと思うと実にわれわれは嬉しい、たといわれわれの生涯はドンナ生涯であっても。

 たびたびこういうような考えは起こりませぬか。もし私に家族の関係がなかったならば私にも大事業ができたであろう、あるいはもし私に金があって大学を卒 業し欧米へ行って知識を磨いてきたならば私にも大事業ができたであろう、もし私に良い友人があったならば大事業ができたであろう、こういう考えは人々に実 際起こる考えであります。

しかれども種々の不幸に打ち勝つことによって大事業というものができる、それが大事業であります。それゆえにわれわれがこの考え をもってみますと、われわれに邪魔のあるのはもっとも愉快なことであります。邪魔があればあるほどわれわれの事業ができる。

勇ましい生涯と事業を後世に遺 すことができる。とにかく反対があればあるほど面白い。われわれに友達がない、われわれに金がない、われわれに学問がないというのが面白い。われわれが神 の恩恵を享け、われわれの信仰によってこれらの不足に打ち勝つことができれば、われわれは非常な事業を遺すものである。われわれが熱心をもってこれに勝て ば勝つほど、後世への遺物が大きくなる。

もし私に金がたくさんあって、地位があって、責任が少なくして、それで大事業ができたところでが何でもない。たと い事業は小さくても、これらのすべての反対に打ち勝つことによって、それで後世の人が私によって大いに利益を得るにいたるのである。

種々の不都合、種々の 反対に打ち勝つことが、われわれの大事業ではないかと思う。それゆえにヤコブのように、われわれの出遭う艱難についてわれわれは感謝すべきではないかと思 います。
         (途中省略)

 来年またふたたびどこかでお目にかかるときまでには少なくとも幾何の遺物を貯えておきたい。

この一年の後にわれわれがふたたび会しますときには、われわ れが何か遺しておって、今年は後世のためにこれだけの金を溜めたというのも結構、今年は後世のためにこれだけの事業をなしたというのも結構、また私の思想 を雑誌の一論文に書いて遺したといのも結構、しかしそれよりもいっそう良いのは後世のために私は弱いものを助けてやった、後世のために私はこれだけの艱難 に打ち勝ってみた、後世のために私はこれだけの品性を修練してみた、後世のために私はこれだけの実情に勝ってみた、という話を持ってふたたびここに集まり たいと考えます。

この心掛けをもってわれわれが毎年毎日進みましたならば、われわれの生涯はけっして五十年や六十年の生涯にはあらずして、実に水の辺りに 植えたる樹のようなもので、だんだんと芽を萌き枝を生じてゆくものであると思います。

けっして竹に木を接ぎ、木に竹を接ぐような少しも成長しない価値のな い生涯ではないと思います。こういう生涯を送らんことは実に私の最大希望でございまして、私の心を毎日慰め、かついろいろのことをなすに当たって私を励ま すことであります。

内村 鑑三 著 : 「後世への最大遺物」 : 岩波文庫