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アフガニスタンやイラクの若者を持ち出すまでもなく、戦中戦後の日本の若者と比しても、現代に生きる私たちは脆く、軟弱な人間である。他人に相談するのも憚られる理由で傷つき、落ち込み、心を閉ざしてしまう。

 こうなった理由はいくらでも分析できるが、見方を変えれば、そんな次元でも、人々が壊れてしまうような社会を、私たちは作ってきたのかもしれない。戦争 や飢饉を憂慮することなく、進学、就職、恋愛、結婚、ファッション、グルメ、海外旅行・・・・・・など、どこまでも「私」の幸福を装うための情報と行動に ついて悩んでいればいいという社会。

それは、ある理想の到達でもある。半世紀前の日本を知っている者たちにすれば、なんの不満があろうかというほどに恵ま れている。

しかし、だからこそ、人が本来抱えている脆さが表面化してきたのではないか。例えば、ネットで仮名を呼び合い、初めて顔を合わせたその日に、車 の中で集団自殺を敢行する若者たち。彼ら彼女たちは、おそらく壊れた自身を精算する思いで自死を選択したのだろう。

 人は脆く、壊れやすいのだ。だが、その壊れやすさを弱点とばかり決めつけることはない。手垢のついた処世術などに頼らず、壊れた自分を見つめ直し、その 視座まで下りていってあらためて周囲を見渡す。

「周囲を見渡す」とは、つまり自分を形成する多くの関係をじっくり眺めることだ。そうすれば、己の傲慢や無 知とともに、希少な他者からの慈愛を発見できるかもしれない。

長薗安浩 : 著 : 白石一文:著:『草にすわる』についての書評 : 週間図書館 : 週間朝日2003年10月3日号