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懐かしい未来

 子どもの頃、学校で未来の予想図を描かされた。誰の絵も似たり寄ったり。そこにはいつも、ロボット、超高層ビル群、空を飛ぶ気球や飛行機、複雑に交差する高速道路やモノレールなど、コンクリートと鉄とガラスとプラスチックからなる風景があった。

 今にして思う。それは自分なしの未来図だったな、と。自分や自分の子孫がそこに生きていることを想定しない未来図。自分が暮らしたくもない未来を思い描いていたのだとすれば、それは悲しいことだ。

 『懐かしい未来』という美しい題をもつ本がある。言語人類学者ヘレナ・ノーバーグ・ホッジが、インド北部のラダック人社会の変容について書いた名著だ。 開発と近代化が、自然環境の悪化、文化やコミュニティーの破壊、人間関係の希薄化などをもたらすことを知ったラダックの人々は、モノやお金の量で測られる 「進歩」とはちがう「ラダックらしいもうひとつの道」を模索するようになる。

 それは、先進国から見れば「過去への後戻り」だと見えるだろう。しかし、彼らはそう考えない。過去に戻るのではない、私たちはただ、人間と大地との間に古くからあるつながりを大切にしたいのだ、と。

 過去からの流れの中に身を置くことによって未来へとつながる。そうすればぼくたちもまた、自分や子どもたちが生きたいと思えるような未来の風景を、想像できるようになるだろう。それは自然豊かで、人間味に溢(あふ)れた、懐かしい未来。

辻信一 : 著 : 「懐かしい未来」 : こころの風景 : 2004年11月11日朝日新聞統合版