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芭蕉の名言を読み解く

 芭蕉の「おくのほそ道」は、「月日は百代(はくたい)の過客(くわかく)にして、行きかふ年も又旅人なり」と始まる。この冒頭の文は名言だ。李白の「光陰は百代の過客」云々を踏まえているのだが、覚えやすく印象の強い日本語にしたのは芭蕉の手腕であった。

 実は芭蕉には名言が多い。その芭蕉の名言を手がかりにして「おくのほそ道」を読み解いた本が現れた。歌人、佐佐木幸綱の『芭蕉の言葉』(淡交社)だ。

 『芭蕉の言葉』の目次を見ると、「時々気を転じ、日々に情をあらたむ」 「古人の跡をもとめず、古人の求めたる所をもとめよ」 「名人はあやふき所に遊ぶ」 「きのふの我に飽(あく)べし」 「松の事は松に習へ」 「不易流行」など十八の名言が並んでいる。その中には「夏草や兵共(つわものども)が夢の跡」もある。このよく知られた芭蕉の句も名言の扱いを受けているのだ。

 「夏草や兵共が夢の跡」について、「この句の特色は明るさでしょう。『夢の跡』と言いながら暗くない。『夏草や』が全体を明るく照らしています」と幸綱は言う。そして、この句の名言としての意味を、「夢に生きた者たちの美しさをたたえています」と説く。

 すぐれた句は名言に近い、と幸綱は見ているのだ。これは俳句についてのとても的確な、しかも刺激的な見方である。幸綱の見方を私流に換言すれば、名言にならない句は駄作で終わる、というすごく冷酷なことになる。

 実はこの本は、写真家、稲越功一との共著である。「おくのほそ道」を写した稲越の多くの写真は幻想的で美しく、それは彼の写真による「おくのほそ道」の読解だ。名言による読みと写真による読みは、響きあったり、やや違和感を醸したりしているが、それもまたこの本の楽しさの一つだ。

 ところで、私見では日本列島には二つの巨大な旅があり、それぞれに人気を博している。西は四国八十八ケ所の旅。東は「おくのほそ道」の旅。その旅のかたちを今に残したことも、多くの名言に匹敵する芭蕉のすごさだ。ちなみに、「おくのほそ道」の旅を通して芭蕉が得た最大の収穫、それは「不易流行」だと幸綱は断言する。つまり、「おくのほそ道」の旅は「不易流行」という名言をも生んだのである。

坪内稔典 : 著 : 「芭蕉の名言を読み解く」 : 詩歌のこだま : 2005年5月1日日本経済新聞統合版