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いかに哲学すべきか

この世界は永遠の智慧(ちえ)がその着想を
書きしるした書物であり、また生きた教会で
そこには、自分自身の範例(はんれい)や行為を描きながら、
最上智(さいじょうち)は、上から下までずらりと生きた彫像で飾りつけられた。

だから、心ある人は皆、背教者(はいきょうしゃ)とならぬためにも、
こ々で技芸と道理とを読みとり熟視せねばならない、
そして皆言わなければならない、----私は宇宙を完成する、
あらゆる事物の中に神を眺めるから----と。

しかしわれわれは、生きた実物の誤りだらけの写しである
書物と死んだ教会とに魂を縛られて、
その写しを本来の主観の上位に置く。

おゝ苦しみよ、われわれに誤(あやま)ちを気付かせ給え、
喧嘩よ、無智よ、疲労困憊(ひろうこんぱい)よ、そして悲痛よ。
どうか皆、神の名において、戻ろうではないか、本来へ。

平川祐弘 : 著 : 「ルネサンスの詩」 : 沖積舎