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父の無念記念日

 庭のモミジ葉の木漏れ日が食卓に上がりこみ、ダンスを始める暑い昼下がり。今年も終戦の日がやってくる。私の父の「無念記念日」でもある。

 昭和18年、父はパプアニューギニアのブーゲンビル島で、マラリアを病んだ末に「餓死」という最期を遂げた。6歳を頭に4人の子どもを残しての出征。妹はまだ母の胎内にいた。

 懐中時計をはじめ、あらゆる携帯品を現地の人と物々交換して飢えをしのぎ、生き延びようとした。だが死の床につき、配給になった1本のたばこをうれしそうに口元へ運び・・・・・・そのまま事切れた父。みとった戦友が帰還後3年目に伝えてくれた無念の姿だ。

 「子どもを思うと、死んでも死にきれない。どうか、人様に後ろ指を指されるような人間だけにはなってくれるな」。友に託した私たちへの最後の言葉だ。

 形見のつめと数本の髪の毛が入った白木の箱と、重しのように残された4人の子どもを抱えての母の戦後は、修羅場そのものであった。

 私の心象風景の中で戦後は終わらない。父の最期を伝え聞いた、あの日の光景とともに止まっている。止めているのは。「戦争」への憎しみである。世界が混沌(こんとん)とする今、逆に鮮やかに浮かび上がってくる。父の無念を伝えることが、私の存在証明にほかならない。

田中和江 : 著 : 「父の無念記念日」 : ひととき : 2004年8月15日朝日新聞統合版