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「ガラスのうさぎ」25年の思い

 12月は私にとって特別な月である。
 61年前の12月8日、太平洋戦争が始まった。国の内外に多くの惨禍と悲しみをもたらしたあのあの戦争。私も1945年3月10日の東京大空襲で母と2 人の妹を亡くし、終戦間際の8月5日には米軍機の機銃掃射によって父を失った。

父は、神奈川県二宮町に疎開していた当時13歳の私を引き取りに来たところ だった。一緒に暮らせる喜びを胸に抱きながら、親子2人、駅舎で列車を待っていた。そこを銃撃されたのだった。

 戦争は嫌。二度と繰り返してはならない。その思いを忘れず、生まれてくる子供たちにも引き継いでもらいたいと考え、夫の理解と賛同を得て、結婚式を12月8日に挙げた。

 私の戦争体験をつづった「ガラスのうさぎ」を出版したのも12月だった。77年春、両親の三十三回忌を機にまとめた小冊子が、幸い「金の星社」の目にと まった。本にしたいという申し出を受けた私は、「ぜひ12月に間に合わせて欲しい」とお願いして、12月8日に両親と妹に出版を報告することができた(本 の奥付は20日)。あれからちょうど25年がたった。

 この間、当初想像もしなかったほど大勢の方が「ガラスのうさぎ」を読んで下さった。国内だけでなく、これまでにドイツ語、中国語、タイ語、ベンガル語、英語、スリランカ語に翻訳され、来年はスペイン語、ハンガリー語、マラーティー語(インド)での出版が予定されている。

 長い戦乱と争いの歴史を持つ国、隣国との間に紛争を抱えている国。「だからこそ、この本を自分の国に紹介したい」と言って翻訳の労をとってくれた大学の先生や、出版を後押ししていただいた駐日大使の言葉が忘れられない。

 戦争とはどのようなものか。その時、庶民はどこまで追い詰められるのか。現在の平和は、どんな歴史と犠牲の上にもたらされたものなのか。

 「ガラスのうさぎ」で私が書きたかったのは、それに尽きる。あわせて、「生きたい」と思いながら、かなわずに死んでいった多くの子ともたちがいたこと を、今の時代の子どもたちに知ってもらい、「悩みや苦しみに負けずに生き抜いて」というメッセージを伝えられれば、と願った。

 今年の夏、孫の通う小学校に呼ばれて講演をする機会があった。両親の仕事の関係でこの学校に籍を置く中国人の小学4年生が、私の話に興味を持ち、図書館 で「ガラスのうさぎ」を借りて読んでくれた。たとえもめ事があっても、話し合いで解決することが大事だとわかった---。そんな感想文をもらい、「ああ、 私の気持ちが通じたんだ」とうれしくなった。

 今また、米国によるイラク攻撃の有無やその時期に世界の目が注がれている。
 ルールに反する行いは、武力を使ってでも早い段階で抑止し是正させることが、結果として世界の平和につながるという考えもあるのだろう。だが、私はどう しても、空母から飛び立つ爆撃機や発射されるミサイルの向こう側にいる、普通の人びとの暮らしに思いを致してしまう。戦火の中をどれだけの人が逃げまど い、無念のうちに亡くなっていくことか。

 私は講演の最後を、よくこんな言葉で締めくくる。
 「戦争を起こそうとするのは人の心です。戦争を起こさせないとするのも人の心です。戦争を起こさせない心の輪を広げて、むすんでいきましょう」

 12月も残りわずか。きなくささが漂い始めたこの時期、私の思いを改めて一人でも多くの人に伝えたい。

高木敏子 : 著 : 「ガラスのうさぎ」25年の思い : 朝日新聞2002年12月21日朝刊