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くやしい思い

 必要があって、出版されたばかりの、山田風太郎『戦中派焼け跡日記』(小学館)を読んだら、大変に面白かったので、かなり前に出版されていた『戦中派不戦日記』(講談社文庫、1985年)と、『戦中派虫けら日記』(ちくま文庫98年)を買ってきて読みふけった。

 『焼け跡日記』は昭和21年の日記。『不戦日記』は昭和20年、『虫けら日記』は昭和17年から昭和19年にかけての日記で3冊合わせて、著者20歳から24歳にかけての連続した記録になっている。

 この5年間に著者個人の人生は大きく変わった(兵庫県の田舎から上京。軍需工場で働きながら苦学。東京医専に合格)が、日本国の運命も大きく変わった。(戦争緒戦大勝利。敗北と占領。社会的大混乱)。

 山田風太郎はこの間の社会の諸相の変化を、実に克明に記録し、いかなる歴史書よりもあの時代のリアリティを感じさせてくれる(銭湯のお湯がドブ水同然なのに、ギュウ詰めでみなじっと我慢している様子など)。

 意外なことも沢山ある。口コミニュースの早さである。8月6日の大本営発表では、「新型爆弾の使用により相当の被害あり」だけだった。しかし、8月11 日の日記には、「噂によれば、敵の来たれるはただ一機ただ一発なり。

しかも広島の三里四方生きとし生けるものすべて全滅す。遠くより電話すれども通ぜず、 飛行機にて偵察してはじめて死の町なることを発見せるなりと。 (略) 敵が原子爆弾を使用せる以上、戦争は真に無益なりといわざるべからず。残念なり。 無念なり。無念なれど、完全なる『科学の敗北』なり」。

 「科学の敗北」ということでは、これより十日ほど前、東京医専の校長が講義の前にこんなことを述べている。

 「日本をこの惨苦に負いこんだものは何であるか?それは決して物量などでない。それは頭だ。

(略) 日本じゅう都市という都市が全滅してゆくにもかかわらず、なおあの通りB29の跳梁に委せているのは、あれができないからだ。あれを撃ち墜す飛行 機が日本にないからだ!諸君このくやしい思いを満喫しなければならないのは、吾々の頭が招いたことなのだ。(略) この軽蔑を粉砕してやるのは、吾々の頭 だ。学問だ。研究だ。不撓不屈の勤勉なのだ」

 このくやしい思いを日本人がいまも持ち続けていたら、「ゆとり教育」などというバカげた発想は出てこなかったにちがいない。

立花 隆 : 著 : 「半歩遅れの読書術」 : 日本経済新聞2002年9月1日朝刊