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「幸せと不幸せは、いつも半々」

 私は海外を数多く訪ねた経験から、世界の最低の生活を見てきました。そこには日本では考えられないような貧困に喘いでいる人たちがいる。

 今日本では経済的な不況に見舞われ、会社をリストラされたり、ローンの返済に追い詰められたりしています。でもそれは、貧困などというものとは程遠い。本当の貧困とは、今日食べるものがないということなのです。

 そういう状況で、彼らができることは三つしかありません。一つは膝を抱えてひたすら飢えと戦うこと。一つは物乞いをすること。そして最後の手段は盗むことです。
 おそらく日本には、こういう貧困は皆無でしょう。つまり本当の貧困を誰も知らないということ。
 貧困を知らないと、どうなるのか。それは貧困を許さないということになる。幸せでいることになれてしまうと、不幸せになることが許せなくなってしまう。

 自分の一生はいつも幸せでなければならないと思い込んでしまう。この誤った感覚が、日本人をどんどん不幸せにしていると私は思います。

 幸せと不幸せ。それはいつも半分半分なのです。どんなに裕福な人にも、不幸せは半分ある。貧困に喘いでいる人でも、人生の半分は幸せだと感じることがあ る。それが人間というもの。そして、少しだけでも幸せの割合を多くしたい。そのために努力をすることが人生なのではないでしょうか。

 私は幼い頃、父親の家庭内暴力の中で生きていたんです。母と二人で自殺を考えたこともありました。それは地獄のような生活だと感じる時もあります。でも その中にも、母との穏やかで幸せな時間もあった。その経験があったから、私は穏やかな家庭を作る努力を惜しまなかった。あの不幸せの部分はもう二度と手に したくないと思うところに、今の幸福があるのだと信じています。

 常に幸福な人生などあり得るはずはない。不幸が未来永劫に続くことも決してない。それはいつも半分ずつなのです。だから不幸せから目を背けてはなりませ ん。幸せが当たり前だと錯覚してもいけません。もし今が不幸せならば、それをしっかり見つめてみる。そこにはきっと、もう半分の幸せが隠れているはずで す。

 どんなときにも、幸せと不幸せをしっかりと見据えることができる。それこそが幸福になるための知恵ではないでしょうか。

曽野綾子 : 著 : 「幸せと不幸せは、いつも半々」 : 私の幸福論 : 「PHP」2004年2月号 :PHP研究所