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晴佐久昌英 の言葉



苦しいときは


苦しいときは 昔を思い出すといいよ
自分が生まれた日
はじめて母のふところに抱かれてやすらいだ朝を
わが子に人生を与えた親の思いを
思い出すといいよ
悩みなく遊びまわった幼いころ
ころんでもころんでも世界を信じて
傷が治らないうちにまた走りだした夏休みを
思い出すといいよ
夢破れて死のうとさえ思ったあの夜を
もう二度と朝は来ないと思っていたのに
やがて魂に忍び込んできたあの夜明けの美しさを

苦しいときは 明日を夢見るといいよ
いつかすべてを月日が洗い清めて
こころにひとかけらのけがれも痛みもなく
晴れわたった雪山の青空のようになれる日を
夢見るといいよ
苦しみ抜いた末に優しさのちからを知り
苦しむ人の気持ちが痛いほど分かるようになり
涙にくれるだれかの隣りにそっと寄り添える日を
夢見るといいよ
苦しみはいつか喜びにかわると身をもって知り
あの最もつらかった一日こそが
最もありがたい一日だったと感謝できる日を

それでも苦しいときは もう何もしなくていいよ
歩けないなら歩かなくていいよ
弱ったその身そのままで黙って座っていていいよ
冬眠に入った天道虫のように小さく丸くなって
何もしなくていいよ
今日も揺れ騒ぐ波の底に貝は眠り
風わたる樹々をおおい星空はめぐる
人はすべてのいのちと結ばれているから
何もしなくていいよ
一粒の苦しみも見逃さない天使たちに囲まれて
誕生への深き眠りに落ちていこう
あらゆる苦しみは生みの苦しみなのだから

晴佐久昌英 : 著 : だいじょうぶだよ : 女子パウロ会