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ぼくらはひとに
褒められたり貶されたりして、
びくびくしながら生きている。
自分が人にどう見られるか
いつも気にしている。しかしね
そういう自分というのは
本当の自分じゃあなくて、
社会にかかわっている自分なんだ。

もうひとつ
天と地のむこうの道(タオ)に
つながる自分がある。
そういう自分にもどれば
人に嘲られたって褒められたって
ふふんという顔ができる。
社会から蹴落とされるのは
怖いかもしれないけれど、
道(タオ)から見れば
社会だって変わってゆく。だから
大きな道(タオ)の働きを少しでも感じれば
くよくよしなくなるんだ。
たかの知れた自分だけれど
社会だって、
たかの知れた社会なんだ。

もっと大きな道(タオ)のライフに
つながっている自分こそ大切なんだ。
そのほうの自分を愛するようになれば
世間からちょっとパンチをくらったって
平気になるのさ。だって
道(タオ)に愛されてる自分は
世間を気にしてびくつく自分とは
別の自分なんだからね。

社会の駒のひとつである自分は
いつもあちこち突き飛ばされて
前のめりに走ってるけれど、
そんな自分とは
違う自分がいると知ってほしいんだ。

『タオ--老子』  : <第13章>「たかの知れた社会なんだ」 : 加島祥造 訳 : 筑摩書房より