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きみたちにつたえたい言葉

 もし、子供の私に会えるとしたら、まず私がいいたいのは、何よりも大人と子供は続いているということです。つながっているといってもいいで す。次に、子供の場合は、自分で生きているやり方がまちがっていると考えたならば、それを知ったならば、やり直すことができるということなんです。私なん かの年齢だと、やり直すことは、もう大体できないでしょう。ところが皆さんはなにについても、やり直すことができるということなんです。

 その上でいうんですけどもね。しかし、基本的には、つまり、たいていの人にとっては、子供の時から老人になるまでやり直す必要はない。子供の時から大人 になるまで、老人になるまで、自分の中の「人間」というものがつながっていると考えて、生きて行ってもらいたいと私は思うんです。

そして自分の中の「人 間」をつうじて、他の人間、自分が生まれる前の人間ともつながっている。そのようにして続いているということは、日本人の歴史につながっているということ です。それから世界じゅうの人類の全体につながっているということなんです。

 私が前もって読んでいただいた文章で、私の母がいったのは、「あなたは死んだ子供のかわりに生きているんだ」ということでした。それは何を私に教えた かったのかというと、「人間」は続いているということです。自分が続いている線を延長すると、日本人が続いているということになる。そのことを母はいいた かったんだと思います。

 そしてこれを逆に未来に向けてのばしていうと、私などには、もう未来はほとんどありませんけど、皆さんは、いままで生きてきた時間より、未来に生きる時 間のほうが長いんです。その未来について考えると、皆さんが大人になった時の自分と、いま現在生きている皆さんのなかにある自分というものが続いている。

その自分というのは、「人間」ということです。それが二十歳になった時の自分、あるいは四十歳で働いている時の自分に続いていることを考えてもらいたいん です。私は過去の自分からいまの自分に続いているといいましたけれども、皆さんには、とくにいまの自分が将来の自分と続いている、つながっているというこ とを考えてもらいたいと思います。

 それはまた、その線を延長していけば、自分が百年後の日本人とつながっているということですよ。未来の人類につながっているということなんです。それを考えることが大切なんです。

 そこで、私が皆さんにいいたいのは、それも皆さんに遺(のこ)す言葉というかな、私が死んだ後も覚えておいてもらいたいという言葉は、こういうことですね、

 どうか、皆さん、いまの自分のなかの「人間」を大切にしてください、それは過去の「人間」、歴史の中の人類につながっているし、それから自分の将来をつうじて、未来の「人間」、未来の人類につながっている。それを大切にしなきゃならない。

 皆さんにつたえたい言葉といえば、これが私の言葉だと申し上げたいと思います。

大江健三郎 : 著 : 鎖国してはならない : 講談社