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世界を変える想像力

 子供の頃、本を読んでいてある言葉を(ある文章を、そして時には本の全体を)、これは自分にあてて書かれている、と思い込むことがありました。十四歳の時、もっと小さい時からそう思っていた岩波文庫『ハックルベリー・フィンの冒険』からの数行を作文に書きました。国語の先生に、しかしこの作者はおまえのことを知るまい、といわれて、口に出さなくはなりましたが、その前後はすっかり暗記し、松山のアメリカ文化センターで原書を見つけると、英文でも同じようにしました。そして私は、その数行に習って生きることを夢想したものです。

 五十年もたって、プリンストンの同僚になったトニ・モリソンと大学前のレストランで夕食をした時、日本の地方の男の子が覚えていた一節として引用すると、黒人の女の子もそこが好きだったと応じてくれました。

 ハックは教会で褒められるが、友達を裏切らないか、一分間考えます。《それからこう心の中で言ふ「じゃあ、よろしい、僕は地獄に行こう」》

 フランス文学科の卒業を前に、想像力について論文を書いていた私は、サルトルを中心に置いていましたが、もうひとりその文章を忘れられなかったのが、G・バシュラールでした。

 想像力とは、イメージを作る能力だ、といわれているけれど、とバシュラールが書いているところをフランス語でカードにとり、数年たって出た宇佐見英治氏の翻訳に助けられて心から納得しました。

《・・・・・それはわけても基本的イメージからわれわれを解放し、イメージを変える能力なのだ。》 そういって、バシュラールは、文学のなかで生きている新鮮な言葉のイメージが読み手の心にもたらす働きを数えあげます。それらは《感情に希望を与え、人間たろうとするわれわれの決意に特殊な逞(たくま)しさを与え、われわれの肉体的生命に緊張をもたらす。そういうイメージを包含している書物は突如われわれにとって親密な手紙となる。》

 そうなのだ、自分はずっと様ざまな、しかしつねに親密な手紙を受けとめていたのだ、と私は思ったものです。見知らぬ人の書いた文章でいながら、自分に向けられていると深く感じた、それが理由だ、と。そして本がそのようなものとなるのは、想像力を頼りに、見知らぬ人たちへ親密な手紙を書こう。それが、いまに続く思いです。

 さて私は、この秋行われたNHK全国学校音楽コンクールの高校の部、課題曲の言葉を書きました。小・中・高通して主題は「信じる」です。子供たちにとねがってきた「新しい人」のイメージを、私は散文の小説家なので、いったん物語に作り、書きなおして短くし、最後に磨き出すようにしました。

 それを私が詩と呼ばないのは、書かれている言葉が自然に音楽を呼び出す詩人の仕事と違うからです。作曲の困難を心配しましたが、若い信長貴富さんはすばらしい合唱曲にしてくれました。

 私は好きだった、

 信じることの できる自分が。

 人を、生きている世界を、

 その未来を 信じると、

 私がいう時、

 星ほどの数の 子供たちが、

 信じる、といっているのを感じた。

 ある日、信じるといえなくなった。

 私が生まれる四十年前の夏、

 一瞬の光が、

 子供たちを、

 ガスにしてしまった、と知って。

 それから、

 信じるといおうとすると、

 ガスになった子供たちが、こちらを向く。

 ガスになった目で、私を見ている。

 いま、私は、

 古い 古い 手紙を、教えられた。

 争う者らを 和解させる、

 「新しい人」が来た、という手紙。

 私は、胸のなかでたずねる。

 もう一度、「新しい人」は来るだろうか?

 世界じゅうの子供たちが、

 それぞれの 言葉で、答える。

 ----きっと来てくれる、心から信じるなら。

 「新しい人」に、私は祈っている、

 来てください、あなたと働きたい私らの、

 いま、ここへ!

 人間が焼きつくされて何も残らなかったというのは、広島の爆心地で起こったことです。「新しい人」が来た、と伝える手紙は、異教徒たちの土地で教えを弘(ひろ)める人たちを励まそうと、パオロが書きました。

 私は無信仰です。しかし練習のヴィデオを(光に、転調が続く難しいところを教えてもらいながら)繰り返し見るうち、混声合唱を指導される私と同年輩の指揮者が、曲の展開を説明される確かな言葉にうたれました。この方は信仰生活の長い人だと直感し、自分が聖書を引用している心やましさから解き放たれたのです。

大江健三郎 : 著 : 「親密な手紙」 : 伝える言葉 : 2004年10月19日朝日新聞統合版