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諸君は茅野にいる一年生よりはるかに恵まれていることは事実である。第一に諸君はごらんの通り、たたみに座って勉強が出来る。茅野は実に一介 の寒村で、寝るのも板敷、教場もむろん板敷---桑の倉庫なのだから、汚いことは言語に絶し、食物はいうまでもなくお話にならない。だから雨のふる日な ど、みな家が恋しくてならないらしい、それで私なども真っ先ににぎやかにやっているわけですが、私の信念としては、この苦痛を明るくするものは、ただ勉 強、勉強より外にはないと考えている。

 危急存亡といおうか、この未曾有の国難に際し、諸君にはそれぞれ煩悶があろう。学問も国家あっての学問である。国家なくして何の学問ぞや。私も、この研究が果たして何になるのか、そう考えると、夜も眠られないことがある。諸君にとってはなおさらであろう。

 しかしながら、現在の吾々にとって、学問するにまさる愛国の道は断じてない。戦争は軍人に委せようではないか。吾々は学問しよう。研究しよう。困苦欠乏 にめげず、あくまで医学にかじりついてゆこう。飯田が焼かれたら、さらに山に入ろう。私はどこの果てまでも、諸君とともにゆく。

あくまでも諸君を、インチ キ医者ではない立派な医者に、必ず育てる。
 日本をこの惨苦に追いこんだものは何であるか?それは決して物量などではない。それは頭だ。それはこの頭なのだ!

 日本医学がなんで世界の最高水準などに在るものか。下らないひとりよがりの自惚れはもうよそうではないか。日本医学は決して西欧医学の水準には達してい ない。医学ばかりではない。

工学でも物理学でも化学でもそうである。その例はあのB29に見るがよい。日本じゅうの都市という都市が全滅してゆくにもかか わらず、なおあの通りB29の跳梁に委せているのは、物が足りないのではない。あれが出来ないからだ。あれを撃ち墜とす飛行機が日本にないからだ!

 諸君、このくやしい思いを満喫しなければならないのは、吾々の頭が招いたことなのだ。はっきりいっておくが、毛唐は日本人を対等の人間とは認めていない。黄色い猿だと思っている。この軽蔑を粉砕してやるのは、吾々の頭だ。学問だ。研究だ。不撓不屈の勤勉なのだ。

 諸君にはもはや私達のような学問の生活を送ることはできないだろう。この戦いのあとは惨澹たるものであろう。医者の資格さえとればそれでよい。開業すれ ば何とかやって、金さえ儲ければよい---とまではゆかなくても、単なる安楽な、こぢんまりした平和な生活を望んで、ただそれだけで満足してもらいたくは ないのだ。---これから頼りになるのは、本当に自分の実力だけである。

金とか親の威光などというものは何にもなりませんよ。断言しておきますが、近い将 来に日本には恐ろしい変化が起こります。明治維新以上の大転回が参ります。そのときに頼りになるのは自分自身だけですよ。

 つい昂奮してしまって、みなを固くして相すみません。しかし、老いた私は諸君学生が力なのだ。頼りとするのは諸君だけなのだ。諸君、どんなことが起ころ うと日本を忘れるな。日本を挽回するのは誰がするのか。諸君の外に誰があろうか。だから諸君にお願いするのです。心からお願いするのです。

山田風太郎 : 著 : 「戦中派不戦日記」 : 講談社文庫

この日記を読むと、いかに当時の生活が困難であったか、また空襲のすさまじい殺戮が鬼気迫って表現されている。戦争がいかに悲惨なものであるかが詳しく述 べられた日記であるが、その中でも一条の希望を学生たちへ向けて表明された緒方先生の感動的なスピーチが今日の私達の胸にも響き渡る。