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英語「チアフル」が教えてくれる生きることのありがたみ

 かつて英文の聖書を読んだ折、しばしばBe of good cheer(なんじ心安かれ)という句に出会ったことがある。その後、注釈書を読んだときに、聖書全体を通じて、この句が四十回も出てくることを知った。私も計算したのでないから保障はできないが、注意するとところどころに見当たるので、あるいはそのくらいであるであろうと思う。

 新約にも旧約にも、不愉快のとき、艱難(かんなん)のとき、たとえば病気にかかり、貧乏にとなり、あるいは罪のために苦しむとき、あるいは他人が不幸に悩むのを見るとき、そこにはこの語がくりかえされている。

 普通にいう英語の「チアフル」(cheerful)すなわち愉快らしい顔色をすることはたいして困難ではないと思っていたが、聖書にしばしば掲げてあるのを見てから、なるほどこれは容易でないことであり、宗教的に考えるとすこぶる重く、かつ実行しようとしてはじめてその重みがわかると思った。

 世人はややもすれば、男女ともにニコニコするのを、ゲラゲラ笑うと解釈し、彼は馬鹿ではないか、少し足らないところがありそうだ、などと思い、苦しい境遇にいながらゲタゲタニヤニヤしていると解する。そして当事者が心の裂けるほど苦しい場面にも忍耐してニコニコし、笑いをもって涙を隠している苦心の、いかに多大なるかを察しない者が多い。

 そもそも怒りは、とかく人に移しやすいものである。苦しみはとかく愚痴として述べたいものである。不幸はこれを口外して、他人をもって担ってもらいたく思うものである。

 しかるに、不幸や艱難をことごとくひとまとめにし、はなやかなる風呂敷に包み、世間にはみごとな、目ざめるごときうるわしい風呂敷だなと見せ、喜ばせながら、そのうちにある重荷をひとりで軽げに担うということは、よほど偉い人でなければできないことである。私は人のニコニコしているいのを見て、その偉大さを思わざるを得ない。

新渡戸 稲造 : 著 : 竹内均:編・解説 : 「自分をもっと深く掘れ!」 : 三笠書房