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中村鈴子の言葉3

娘の手紙

 50年前の1954(昭和29)年6月、療養所に入院している私のもとに、当時4歳だった娘から手紙が届いた。


  「おかあちゃん、はやくかえってきてね」。老いた養父母に娘を預けて入院していた私は、どんなに寂しかろうかと胸が締め付けられる思いだった。


  退院したけれど、夫は借金を抱えて蒸発していた。娘を預けている熱海の養父母の仮住まいに一緒に住むわけもいかず、以来、娘の手紙を抱きしめて別々に生きてきた。


  あの日から半世紀。育ててくれた養父母も2年前に逝き、娘は遠い札幌で家族と暮らしている。
  当時は幼くて手紙を書いたことなど覚えていないという娘のために、先日、50年間宝物の箱に納めてきた手紙をコピーして送った。折り返し「届きました」と電話があった。絶句した後、「よく今まで取ってあったね」とすすり泣きしながら言った。「おかあさんがいると思うと心強い」とも言ってくれた。
  私は当時、日記にこう記している。
  「最善と思いて選びし道なれど一人住む吾子(あこ)思えばせつなし」
  娘を育ててやれなかった償いに、これからは娘の心の支えになって生き、セピア色になった娘の手紙を、いつの日か、娘と肩寄せ合って読みながら「ごめんね」と抱きしめてやりたい。

中村鈴子 : 著 : 「娘の手紙」 : ひととき : 2004年10月31日朝日新聞統合版