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八十歳を迎える

 八十歳を迎えるいま

 私は船脚をゆるめます

 安全に着岸できるようにと。

 船はぼろぼろにいたみ

 帆は裂け かじは

 時にぐらりと進路をそれる

 見るさまもない私たち

 思えば長い航海をしてきたのです

 時間と辛苦と勝利をぬって

 八十年かけて私が何になるか

 どうやってそうなるかを学ぶために。

 ある日船は朽ち果てる

 すると私はどうなるのでしょう。

 虚無のなかに吐く

 孤独な

 息にすぎないものに?

 あるいは肉体の殻をぬけだした

 生気と情熱のエッセンスに?

 知っている人がいるでしょうか。

 最果ての港に近づいたなら

 会いにきてください

 老いぼれた船と私に。

 でも長いこと 錨をおろしてはいられないのです

 まもなく最後の

 なぞにみちた航海に

 出てゆかねばならないのですから

 だれもがおもむくあの旅路

 死にむかって。

 そうして

 船なしに彼の岸を旅する私のために

 幸運を祈ってください。

メイ・サートン : 著 : 武田尚子 編訳 : 「一日一日が旅だから」 : みすず書房