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苦難は夢への試練

 戦後間もない頃、ラジオから流れてきた旋律、それはまるで天からの調べだった。メロディーが幾重にもうねり続け、いつしか奔流となり光と なって、小さな僕をたたきのめした。感動が体中をかけめぐり、涙があふれ、立っていられなかった。人の魂をこんなにも呼びさまし、感動を与えてくれるも の。それが長い時を超えて感動の灯をともし続けてきたベートーベンの交響曲第九番であることが解(わか)るまでに時を要した。
 「作曲家になろう」。人生の方向を決定づけた九歳の僕の決心だった。その時から日々の生活は一変した。音符もよく解らないまま、僕は来る日も来る日も五 線紙に書き綴(つづ)った。そうすることが夢を手元に手繰り寄せる唯一の方法だと思ったのかもしれない。当時、教員をしていた母と一緒にガリ版印刷で藁 (わら)半紙の五線紙をつくることは胸躍るひと時でもあった。
 音楽をやることに反対する父に井戸に宙づりにされながらも、僕の夢への衝動は弱まることはなかった。父の寝ている真夜中にそっと起きて月明かりを頼りに楽典を読み、レコードを聴いた。音符や記号の意味が解るとわくわくした。そして又、夜明けに床に忍び込む生活が続いた。
 夢中で走り続けた十代、そして二十代・・・・・・。苦渋の末、作曲から指揮への転身。やがて夢を追い続ける僕に女神が手を差し伸べてくれた。ブタペスト国際指揮者コンクールでの優勝。
 一生懸命やっていると、周りの人々の「気」が僕を支えてくれた。後押ししてくれた。それを僕は「女神」と呼んでいる。
 人生の折り返し地点をはるかに過ぎた今、ふと立ち止まり、思う。果たして僕は君にとって、よき先達たることが出来ただろうか、と。春秋に富んだ、実りあ るこれからの時を歩む君に残せるものがあるだろうか。戻るにも岸は遥(はる)か遠く、近づけば又、遠のいて行く水平線にも似た、たどり着けない芸術の世 界。しかし、そこに今も夢を託す僕がいる。
 「夢は見るもの、見続けるもの。そして、いつかは叶(かな)うもの」。どんな苦難も夢を手元に手繰り寄せるために用意された試練にすぎないのだから。

小林研一郎 : 著 : 「苦難は夢への試練」 : 未来を生きる君へ : 2004年6月20日朝日新聞統合版