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船橋邦子 著 「加藤シズエさんを悼む」

 加藤シズエさんは大正デモクラシーの中で育ち、人類愛とヒューマニズムを体現した人だった。その生き方は、人は何のために、いかに生きるべ きかを、私たちに示してくれていた。テロリズムが世界を覆ういま、加藤さんが亡くなったという知らせは、デモクラシーの危機の象徴のように思えてならな い。

 19年に夫だった石本恵吉男爵を追って渡った米国で、産児調節運動の指導者マーガレット・サンガーさんに出会い、ジャンヌ・ダルクの受けた啓示のごと く、加藤さんは目覚めた。夫の赴任地だった九州・三池炭鉱で目にした、大きなおなかをかかえはうように働いていた女性たちの姿がよみがえったのだ。

 帰国後、日本産児調節連盟を発足させ、産児制限相談所を開設する。女性のからだの自己決定権などという言葉のない時代、子だくさんに苦しんでいる女の人 たちから山のような手紙を受け取り、米国から輸入したり、自宅で女医と作ったりした避妊具を郵送して、悩みや相談にこたえた。

 そうした観念的ではない行動を支えたのは、他人の痛みや悲しみを自分の問題として受け止める大きな包容力と豊かな想像力だった。

 女性運動の歴史の中で、市川房枝さんが参政権という、男性のもつ権利を女性が獲得することを目指したのに対して、加藤さんは性という私的な領域での抑圧から女性を解放することを願った人だったといえる。

 その根底には常に人間の尊厳という哲学があったから、戦前、戦後と時代がどう変わろうと揺らぐことがなかった。

 サンガーさんについて、作家のパール・バックが「女の幸せのかぎを握る人」と評したが、加藤さん自身がそういう存在だった。

 評論するだけでなく、常に理想を抱いて社会にコミットしていく生き方、「命の続く限り私は上り坂を上りつめてまいります。時代と共に育って生きていきます。新しいことを学びます」という言葉はいまも心に残る。このような美しい生き方が人々に感動を与えてくれた。

船橋 邦子:著 : 「加藤シズエさんを悼む〜人類愛を体現した人生」 : 朝日新聞:2001年12月23日朝刊