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癩者(らいしゃ)に

光うしないたる眼(まなこ)うつろに
肢(あし)うしないたる体(からだ)になわれて
診察台の上にどさりとのせられた癩者よ
私はあなたの前に首(こうべ)をたれる。

あなたは黙っている
かすかに微笑(ほほえ)んでさえいる
ああ しかし その沈黙は 微笑は
長い戦いの後にかちとられたものだ。

運命とすれすれに生きているあなたよ
のがれようとて放さぬその鉄の手に
朝も昼も夜もつかまえられて
十年、二十年と生きて来たあなたよ

なぜ私たちでなくてあなたが?
あなたは代って下さったのだ
代って人としてあらゆるものを奪われ
地獄の責苦を悩みぬいて下さったのだ。

ゆるして下さい、癩のひとよ
浅く、かろく、生の海の面に浮かびただよい
そこはかとなく 神だの霊魂だのと
きこえよき言葉あやつる私たちを。

心に叫んで首をたれれば
あなたはただ黙っている
そしていたましくも歪められた面に
かすかな微笑みさえ浮かべている。

神谷美恵子 著作集 9 「遍歴」 みすず書房