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人は、縁にふれては苦悩し、時に絶望し、場合によってはその進路をふさがれて、遂には死の深渕にのみこまれてしまうこともあるのであろう。だ から人間が在るところ必ず宗教が存在する。

宗教は、人間がかかえているこの苦悩、絶望、この孤独にさいなまれているものを癒し、救うものでなければならな い。誰びととも決して肩代わりはしてくれないこの人生をどう生きるかという根本命題に、本当の解決を与えてくれるものこそ真実の宗教と言わるべきものであ ろう。

 信仰は生きる手段として利用すべきものではない。生きる基盤の脆弱(ぜいじゃく)なわれわれを支えきってくれるだけでなく、何ものにも怯 (おび)えることのない力を与えてくれるものでなければならない。

そのためには、いかに生きるかという生きる技術や方法を学ぶものではなくて、どう生きる のが本当なのかを知らしめるところに宗教あるいは信仰のすばらしさがあると言えるのではないか。迷走しがちなわれわれに、正しい方向を与えてくれるものが 自分にとっての信仰でなければならない。その意味からすると、信仰はまさしく決断である。

藤沢量正 : 著 : 「孤独が癒されるとき」 : 本願寺出版局