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平和

日は高く空にあり、
白き雲、太陽のめぐりに浮かび、
海は静か。
夢みつつ、もの思いつつ
乗る船の舵のかたえに横たわりて
半ば醒め、はた半ば夢みごごちに、われは見ぬ、
われは見ぬ、クリストを、救世主なる人の子を。
波立つ白き衣着て、
彼、巨人のごとく歩みたり、
陸を、また海の上を。

その首(こうべ)高く聳(そび)え、
手は伸ばされぬ
陸と海とに祝福を与えつつ。
彼の胸に持てる心臓は
太陽、
 紅(くれない)に、燃える太陽。
紅に、燃ゆる太陽の心臓は、
恵みの光線
愛に充ちたる優しき光を灑(そそ)ぎ、
照らしまたあたたむ、
陸と海とを。

鐘の音はおごそかに鳴り渡り、
そのひびき、恰(あたか)も白鳥らの、
薔薇の鎖にて船曳くごとくに
揺れ辷(すべ)る船を曳き、緑の岸に至らしむ、
その岸辺なる都に
塔そびえ立つ都に、人々住めリ。

おお、平和の業の不思議さよ!この町の静穏よ!
蒸し暑く饒舌なるなりわいの
陰気なる騒音は止みて、
朗らかにものの音澄める、清らけき大路をば、
白衣着て人ら注ぎ
手にせるはしゅろの枝。
遇う人は互(かたみ)に眺め、
おのずから心つたわり、悦びておののきに顫(ふる)う。
愛の想いと、甘美なる捨離のこころに。
くちづけを額(ぬか)に交わして
仰ぎみる
「世を救う者」の太陽の心臓よ、
そは照れリ、赤き血の光そそぎて
悦びに人らを結び、そは照れリ。
かくて福祉は三重(みえ)に重なりて人ら称(とな)う
「世を救う人の子に栄(はえ)あれ」と。

ハイネ : 作 :(片山敏彦:訳):「ハイネ詩集」 : 新潮文庫