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私とシューベルト

 シューベルトは私にとって今日に至るまで、一定の距離」を置き控えめな関係を保ちたい作曲家であり、極端なことをいえば「恐れ」すら感じる 存在だ。自分にとって異質だからではない。逆だからこそそうなってしまうのである。お互いの内的な世界があまりにも近いが故にあえて避けてしまう。シュー ベルトの作品の根底には、脱落と別離、病と死に対する極めてウィーン的な想い、そしてウィーン人にしか本質を理解できない、微笑みながら自殺するといった 感覚が流れている。
 (「戻ってきた者のない道を行かねばならない」・・・死と乙女・・・「外者としてやってきて、外者として去っていく」・・・冬の旅・・・未完成・・・ 「君のいないあちら側、そのあちら側に幸せがある」。微笑みつつ悲涙を流しながら、次々と美しい旋律を生み出したフランツ・シューベルトという名の男の幸 せ。若くして病に倒れたシューベルトに与えられた「フランツちゃん(Franzl)」の愛称が、馴れ馴れしく、図々しく、思いあがった人々の誤ったイメー ジから生まれたものであることは言うまでもない。)
 性格的には<愛しのアウグスティン>を先輩に持ち、精神面では同時代人のアダルベルト・シュティフター、自殺者ライムント、のちのベルンハルトやアルトマンに相通じるものを感じる。
 そして忘れてはならないのが、ウィーン人独特の感覚である「美しい亡骸」への憧れ。(シューベルトはベートーヴェンの葬儀で「次は誰の番?」と語ってい たが、続いて順番が巡ってきたのが自分自身だった。)ホイリゲ居酒屋の歌にもあるような(「寿命が尽きたら」、「天国に行くから、おいらの服を売ってし まってくれ」、「おいらが死んだら」他)、あの雰囲気だ。
 そう、繰り返すが、こうしたいかにもウィーン的なシューベルトの作品の根底に流れるあの雰囲気にのまれることに対して私は今も昔も、命とりになりかねな いという危機感を覚える。真剣に曲に取り組むためには必然的にあの雰囲気に浸らなくてはならないのだが、根っからのウィーン人である私は、シューベルトの あの破滅的な心の谷間に自分から飛びこんでいくことを警戒し、恐れてしまう。
 だからこれらの作品を録音しながら、私は幾度も涙をこぼしそうになり、無事終わったときは命を落とさずに済んだことに安堵した。彼は私の一部になってしまっていたから。

おいらがいつか死んだら

おいらがいつか死んだら
辻馬車に乗せてチターを弾いておくれ、
おいら楽しいのが好きだからさ、
大きな澄んだ音で弾いて踊って、
とことん陽気にやってくれよ!

ウィーン人たちは
喪に服しておいらの墓の前に集まるだろう。

そして「彼は死んでしまった、本当に陽気な男だった」って言うだろう。


フリードリヒ・グルダ最後の録音「シューベルト即興曲op.90、楽興の時op.94、ゴロウィンの森の物語」 : EMI より : 岡本和子 訳

フリードリヒ・グルダ : 1930年5月16日〜2000年1月27日
                               20世紀最高のピアニストの一人、ウィーン生まれ