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マルキアへの慰め

死すべきものとして生まれ

 な らば、個々のこと一つ一つに涙したところでそれが何になりますか?涙すべきものがあるとしたら、それは人生全体です。あなたが古いごたごたを片付け終える 前に、もう新しいごたごたが次々と押し寄せてきます。それゆえにあなたがたが際限もなく嘆くことは、とくに抑制されねばならず、人間は心の力を多くの苦痛 へと分かたなければならぬのです。
 であるのに、そういうあなたのものでありまた一般的でもある状況を忘れるなんてことが、どうして起こるのでしょう?死すべき者としてあなたは生まれ、死 すべき者をあなたは産んだのです。あなたが、いくつもの病の種子(たね)を宿した脆くて締まりのない肉体を持つあなた自身が、そのような弱い素材の中に、 確かなるもの、永遠なるものを宿そうとでも望んだのですか?
 あなたの息子は亡くなりました。ということはすなわち、彼はあの目的地へ行ったのです。あなたがあなたの子供より幸福だと思っている人々みながそこへと 急いでいるところへ。そこへこそ彼らもみな行くのです。いまフォーラムで訴訟を争っている者も、劇場で見物している者も、神殿で祷っている者も、あの群集 全員が、不揃いな足並みで、しかし必ず。あなたが愛する人も、あなたが軽蔑する人も、ひとしく一握りの灰になるのです。
 そのことをこそ、デルフォイの神託といわれるあの言葉「汝自分を知れ」は言っているのです。人間とは一体何か?任意の揺さぶり、任意の突っころばしで壊 れてしまう容器です。あなたを吹きとばすのに大きな嵐など必要ありません。どこへ衝突してもあなたはバラバラになるでしょう。人間とは一体なんですか?弱 い、壊れやすい肉体です。裸で、生まれつき無防備で、他のものの助けを必要とする、運命のあらゆる虐待のままに委ねられた存在です。

                 「マルキアへの慰め」10−7〜11−3


中野孝次 : 著 : 「ローマ人の哲人 セネカの言葉」 : 岩波書店