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クリスマスを祝う

 私たちのうちのいったい誰が、クリスマスを適切に祝うのでしょうか?
 それは、ようやくにしてあらゆる権力、あらゆる体面、あらゆる名声、
あらゆる虚栄、あらゆる高慢、あらゆる頑なさを
飼い葉桶のかたわらで捨て去る人たちです。
 それはまた、身分の低い者たちに味方し、
神のみを高くあらしめる人たちであり、
 飼い葉桶の中のおさなごの、まさに卑賤そのものの中に
神の栄光をさとる人たちであり、
 マリアとともに次のように唄う人たちです、
《このはした女の卑しきをも顧みたまえば、
わが心、主を崇め、
わが霊は、わが救い主なる神を喜びまつる》と。


神の力

 《力ある神》--と、みどりごは呼ばれています。
飼い葉桶の中のみどりごは、まさに神以外のなにものでもありません。
 《神がひとりのみどりごになりたもうた》--
これ以上にすばらしいことが言われたことはありません。
 飼い葉桶の中のこのみどりごは、私たちと同じく貧しく、
私たちと同じくみじめで途方に暮れ、
私たちと同じく血の通った生身の人間であり、私たちの兄弟なのです。
 それでもなおかつ、このみどりごは神であり、力なのです。
どこが神なのでしょうか、
このみどりごのどこに、そんな力があるのでしょうか?
 このみどりごが私たちと等しいものとなった神の愛の中、
その中にこそ、それはあるのです。
 飼い葉桶の中のみどりごの悲惨な状態こそがみどりごの力なのです。
この愛の力において
このみどりごは神と人間のあいだの隔たりを乗り越えたもうのです。

ディートリヒ・ボンヘファー : 著 : クリスマスの奇跡 : 新教出版社