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落ちてくる涙 なんの涙

 全10巻を予定している「ハンセン病文学全集」(晧星社)の装丁を担当している。どれにも切実な文章が詰まっていて、わたしは神を呪いたくなる。

 第4巻の随筆集を開いたら、香山末子の文の中に、畏友(いゆう)、村松武司の名が見えた。彼は、詩を教えに草津(群馬県)の栗生(くりう)楽泉園へ通っていた。
 「先生は私を一目見てすぐ韓国人だとわかったらしい」とある。村松は香山の詩、「落ちてくる涙・なんの涙なのかわからん」を、韓国語で読んだ。

 「指一本もない私の手を撫でてくれ」た。「指があれば力いっぱい、先生の手を握りかえしてみたかった」と香山は書いた。

 村松は、このようなことは一言もわたしに話さなかった。ハンセン病と闘っている人もさることながら、それを黙って支えた村松はやはり、尊敬すべき男だったのだ。

 10年前に死んだ彼の葬式の日、別れを惜しんで泣く、ハンセン病患者の姿があった。
 同じ栗生楽泉園に、寺島萬里子はカメラを持って通い、病棟の実態を世に問うた。
 同時に、その園で絵を描いている鈴木時治の画集出版に奔走した。鈴木たちは、「ずっと気になっている妹に対する思いで少女を描き続けた」。

 少女たちは、病気ではなかった。「兄たち」を介護し、指のない手に筆をくくりつけて描くのを手伝ったという。絵は、鈴木の「生きるあかし」だったのだ。

安野光雄 : 著 : 「落ちてくる涙 なんの涙」 : 地球くらぶ : 2003年9月21日朝日新聞統合版