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ユーモアと笑顔のすすめ

 私の母国ドイツには「ユーモアとは《にもかかわらず》笑うことである」という有名な定義がある。これは、自分はいま大変苦しくつらい状態だが、それにもかかわらず、相手を少しでも喜ばせようとほほえみかけるやさしい心づかいが、真のユーモア精神だという意味である。

 病院という環境は、患者や付き添う家族にとって、まったく非日常的な不安と混乱の連続となることが多い。患者は全神経をとがらせて、医師の何気ない一言 や看護婦の応接態度の中に、自分の真の病状を読み取ろうとして一喜一憂する。

こうした場だからこそ、なお私は、医療関係者の方々にユーモアと笑顔のすすめ を提唱したいのである。もちろん、医師や看護婦も人間関係の悩みや家族の一員としての苦労を抱えていることはよくわかる。しかし、せっかく人のいのちと向 き合う大切な仕事に就れた以上、その厳しい環境をできるだけ温かい雰囲気にすることを心がけてほしいと思う。

 アメリカのテキサス州にあるカトリック系の病院の1つは、入院患者が治って退院するまでの日数が、他の病院よりきわめて短いということで評判になった。 その原因調査の報告書によると、ここでは介護している看護婦のシスターたちが、毎日かならず何かユーモラスな話題で、患者と一緒に笑うという習慣が続いて いるという。

病院内にいつも笑顔や笑い声が溢れていたら、患者やその家族たちの気分も自然に明るく前向きになる。これが患者の回復を早めているというのが 結論だった。ユーモアと笑いが、人間の自然治癒力を高めるのに、いかに役立つかを示す好例といえよう。

 笑いは呼吸作用を増進し、血液の浄化を助けるという科学的データがある。快い笑いは疼痛緩和にも役立つという。日本ではジョークとユーモアを混同する人 が多いが、ジョークは言葉の上手な使い方やタイミングの良さなど、頭から頭へのテクニックであり、ユーモアは心から心へ伝える具体的な愛の表現といえる。

悩みや苦しみのさなかにあっても、それに溺れず、相手に笑顔を向けようと努めるやさしさと思いやりがユーモアの原点である。こうしたユーモアのセンスを、 生まれつきの才能だとか、物事が順調に運んでいるから余裕がもてるのだ、などと思い違いしている人もいるようだが、冒頭のドイツの定義にもあるとおり、 ユーモアはもっともつらいときにこそ、発揮されなければならない。

 いま日本人のがんによる死亡率は、全体の28パーセントを占めるという。これは4人に1人以上はがんで亡くなるということだから、がんに罹る人はもっと 多いわけである。私もその1人だ。3年前の春、大腸のポリープをとったら、細胞検査でがん細胞が見つかり、1ヵ月ほど入院して、大腸の一部切除の手術を受 けた。

この入院前後の初体験は、改めて私にがん患者の微妙な心理経過と、医療関係者の対応の難しさを実感させてくれた。患者は医師や看護婦や検査技師たち の、ちょっとした動作や顔の表情にも敏感に反応し、過剰な不安を感じてしまうものだ。幸い私は、順調に回復して現在にいたっているが、この経験は、それま で自分の健康を過信していただけに、大きな転機になったと感謝している。

 ユーモアは神が人間だけに与えられたすばらしいプレゼントだ。ときには笑顔が言葉よりも多くの思いを伝える。現代生活のなかで、生涯まったく入院生活を もたないという人はきわめて稀だろう。患者やその家族の立場に立つと、だれもが病院のなかにもっと温かくほっとできる雰囲気を望むのではないだろうか。

ユーモアと笑いには、お金をかけずにそうした環境を創りだす不思議な力がある。この人間的な能力を、病院やホスピスのなかで十分に活用していただきたいと いうのが、私の念願である。

アルフォンス・デーケン : 著 : 「ユーモアと笑顔のすすめ」 : 「がん看護」1998・Jul/Aug : 南江堂